2016年6月29日水曜日

3か国語をしゃべると頭の中はどうなっているのか?





たまに人から2か国語をしゃべるとどうなるか知りたいと聞かれた時があります。

アメリカに留学などして26歳まで英語と日本語をしゃべる私でしたが、26歳からイタリアに住み始めて3か国語をしゃべる生活になりました。

たまにパリに出張とかあったりして、急にフランス語を復習し始めてパリに1週間いたらけっこうフランス語が分かったりして、ぺらぺらとしゃべりだす瞬間もあったりして、人間の言語適応能力に驚いたこともあります。

やっぱり環境を変えるとしゃべるようになるんですね。

イタリア語も今は日常会話程度なら分かるししゃべれるようになりました。(医療用語とかはまだ分かりません。あくまで小学生レベル)

とにかく3か国語はしゃべれるように私の脳はどうなっているのであろうか?

こないだ独り言をぼつぼついいながら散歩してたんですが、それが全部英語でした。で、言ってる同時にイタリア語で頭の中で翻訳もしてました。

言語の同時進行が起きていたのです!

なんで?英語で考え事していたのに、すぐに脳はイタリア語にもなおしているのだろう。

とにかく脳にはいろいろな言語が駆け巡っているのです。

そして色々な言語で処理しているんだと思います。

実はこの言語の同時進行はよく私は頭の中でやっています。

誰か言語学者がいれば分析してほしいな。

とにかく3か国語しゃべる環境にいると、最初はとても脳が疲れました。そして寝ている時も色々な言語をしゃべりながら寝言を言ってたりしたので、脳はちゃんと休まっていなかったのかもしれません。

脳は3か国語でもけっこう混乱し、色々整理しようとしていたのかな。

スペイン語はセクシーで習いたいと思うけど、イタリア語とごっちゃになるので、あえて習いたくはありません。

ヨーロッパにいると友達が5か国語しゃべるとかたまにいます。私のお友達の1人はオーストリア出身の女の子がいますが、その子はドイツ語、イタリア語、スペイン語、英語、フランス語をしゃべります。

ヨーロッパ人はやっぱり言語が得意の様です。

脳は疲れているかもしれないけれど、色々な言語に触れられる環境に住めてとても感謝しています。やっぱり言語は好きだな(^▽^)/



2016年6月15日水曜日

旅がしたかったら添乗員になれ!実は添乗員はすぐなれる!2週間後は海外も可能!




私は実は大学卒業後、フライトアテンダントになりたかったんです。

アメリカの大学を卒業しての私が思ったこととは、そのままアメリカに残りたいではなく

「もっと旅がしたい!飛びまくりたい!」

でした。 アメリカだけではなく、もっとヨーロッパの方も行ってみたい!世界をもっと幅広く見てみたいと心に強く願っていました。




木村拓哉のGOODLUCKをYoutubeで見てイメージトレーニングまでやっていました。詳しくは↓



アメリカでも面接しようと思っていて、ご縁がなく、その後は日本にすぐ帰国しエミレーツのフライトアテンダントの面接に行きました。

それでもご縁がなくて、シンガポール航空の面接も受けたのですが、

結果は

惨敗!!!!

ホットヨガとかに行ってダイエットもしたのに・・・。

私の性格がフライトアテンダントに向いてないそうです。

「広瀬さんは・・・フライトアテンダントっていうより商社とかのほうがむいているかもね。なんかフライ
トアテンダントって感じじゃないのよね~。」

って言われたり、

「君は日本人ぽくないんだよね。どっちかっていうとアメリカ人ぽくて日本人のフライトアテンダントとして雇えない。」

って言われたりしました。

アメリカから帰ってきたばかりだからの逆に採用できないっていう事実に私はショック!!!

でもそんなときに

「添乗員ならすぐなれるよ。」っという声を思い出すのです。



添乗員・・・。かっこよくいえばツアーコンダクター。


やってみようかしら!と思ったのがきっかけですぐ大阪の添乗員の派遣会社に登録に行きました。

添乗員の資格のテストもすぐ受かり、トレーニングもないまますぐ48名のお客様を下呂温泉に連れて行ったのを思い出します。

5月は特にハイシーズンな時期ですぐ使ってもらえた記憶があります。

だから仕事がしたくて旅がしたい人は添乗員おすすめですよ!

確実に仕事はあります。(人手が足りない傾向にありますから)

しかし確実に責任は重いです。何かあれば自分の責任になるし、ある意味48名の命を預かっているようなもの。楽な仕事ではないです。睡眠時間が少ない時もあります。朝も早いですしね!朝4時起きなんてのもありましたよ!

でもいいところは、日本の名所に自分も便乗して無料で行けるところではないでしょうか?私は20歳でアメリカに留学したので、日本の名所に触れることもなく育った所があり、24歳で添乗員になったとき、日本のいいところに仕事で沢山行けて、日本っていいなぁ~と感動しました。

白川郷にも行ったし、倉敷にも行ったし、鳥取砂丘にも行けたし、金比羅山にも行けたし、東京ディズニーランドも初めて行けたし、伊勢神宮にも行けたし、清水寺とか地元の京都も行かしてもらった。宇治川でおいしいうどんも食べたな・・・

楽しかったな。添乗員。


温泉に入れる機会もあるので、おいしい所ももちろん沢山あります。あと、仕事する時は自分がリーダーなのであまりうるさく指示してくる人もいないのが気持ちよかったかも。(学校の先生とかと行く修学旅行や先輩添乗員達と行く旅行は別です。1人でできる日帰りバスツアーとかは簡単でおすすめ)



それからおいしいものも無料で食べられる!サービスエリアでカレーとかうどんとか添乗員は無料で食べられるのには感動しました(笑)

それからリーダーシップや話術といったものも次第についてきます。マイクを持って人の前で話すのは最初緊張しますが、慣れてきたらちょっとジョークも言えて面白かったとほめてもらったりするものです。

あとやっぱり次第に人をまとめる力もついてきます。48名が自分という旗についてくるには少しリーダーシップも必要で、なめられたらまとまりませんから、ちょっと決断力がついたりします。

やってみたい方、いかがですか?1年でも私は色んなところにいけて海外添乗も比較的すぐ行かせてもらえましたよ!

海外は香港・マカオ、シンガポールに行きました。友達はハワイやオーストラリアの修学旅行についていったそうでそう。

週末だけでもっていうのが可能だから派遣会社で登録だけしてみるのもいいですね。毎日旅に出るのは大変かもしれませんが、この日とこの日は空いてますとマネージャーと相談できるのも美点です。


この時は人生で一番「動いていた」時期でした。もう旅したくてしょうがないそこのあなた、挑戦してみては?!

海外一人旅はホステルスクラブにお任せ!



2016年5月31日火曜日

お前が私の葬式に来るわけじゃないだろ!




最近よく思いますが、私の20代は本間に人の目しか気にしてへんかったなぁと思います。

それって人の目に逆に支配されていることなんです。

こうしたら人はどう思うんやろうとか、これを選んだら人からどう思われるんやろってむっちゃ気にしすぎていた気がします。

でもそういう20代を送る人は多いと思う。

自分探し自分探しっていって結局人の目を気にしすぎて自分の軸ずれまくりなんてことはよくある話で。

これがずれなくなってくるのが大体30代ではないかと思います。

まだ20代は人格形成期で人との出会いや衝突での影響ですっごい変動が大きい時期だと思います。

でも30歳になって人に

「いつまで海外にいるわけ?さっさと身を固めれば?」
とか

「いつまで夢を追ってるの?日本に帰ってきて就職すれば?」
とか

「なんでベネチアに来たの?イタリア向いてないんじゃないの?」


「今の彼氏とは別れた方がいいよ。」


とかいろいろ人に言われましたが、


今は

「お前が私の葬式にくるわけじゃないだろ!」

と一喝できます。



それで海外に行くのをやめたり、イタリアに住むことをあきらめるのであれば、半ばそれまでの決意だったんだと思います。

人の批判やアドバイスを蹴っ飛ばしてでもしたいことがあるならそれが運命です。

ほんまに20代はいろんなことを言われました。

「君はベネチア向いてないよ。他の街に行って他の仕事見つけたら。」とか

「いやーーーゆうこはアメリカっしょ。ゆうこの性格はとてもアメリカ人だからアメリカが合うと思うよ。」


20代の頃はこんな無責任なアドバイスにかなり振り回されていました。

31歳の今の私は

「ほんならアメリカの仕事見つけてきて、部屋も飛行機代も全部手配しろや!」と言ってやります。

海外への移住がどんなに大変かなんてしたことがない人に分かるでしょうか。

ベネチアから引き下げてアメリカに行く資金、ビザの問題、コネの有り無し全部考慮してでのアドバイスでしょうか?

責任は全て自分にやってきます。そしてもし失敗でもして鬱にでもなって失業状態が続いたりしたら全部自分の責任です。私がアメリカに行って成功することなんて確実ではないからです。

だからこういう決断をするとき人に聞かないで下さい。その人はその人の経験値と同等の答えを言ってくれます。

こういう決断は親友でもなく、母でもなく父でもなくおばあちゃんでもない自分の心で決めることが大事だと分かったのです。

結局は自分の納得いくことしかできないんじゃないかな。

だから無責任なアドバイスをする人について

もう一度

「お前が私の葬式に来るわけじゃないだろ!」

です。


こういう無責任なアドバイスをする人達の中の何人が私の葬式に来るんでしょうか。

こういう無責任なアドバイスをする人たちの顔を思い出すとそういえば誰とも縁が繋がっていません。


だから大事なこと(結婚、進路、転職、進学、留学など)は自分で決めてね!


人が決めたわけではない運命で納得できる人生を歩むために。





2016年5月16日月曜日

[お知らせ] 皆様へ、私はもう末期状態です。





もう、この行動をしてしまっているということは末期だということが今日分かりました。



インターネットで王将のメニューを見てよだれをたらしたり、実家の近くにある回転寿司・くら寿司のメニューが増えたことを喜んでいたりしてる私に気づき・・・これは完全な末期状態だということが分かりました。



私いっぺん日本に一時帰国したくてしょーがない末期状態です。



2014年の11月30日に

「10日くらいで帰ってくるから」といってイタリアに発った私。

それから日本に帰らない状態が今1年半。

中には7年間帰ってない人もたまにみますが、どーやって7年も帰らずにいられるのだ!?

あー王将の餃子が食べたい。

マックのてりやきバーガーが食べたい。

もずくが食べたい。

友達のブラジル人はベネチア人と結婚してベネチアに住んでいますが、いっぺん3年ブラジルに帰らない時があり、その時はとってもしんどかったそうです。

基本的に留学している時から何があっても1年に1度は日本に帰る感じでした。

今思えば贅沢な事をしていたなぁと思います。

今の感覚では2年に1度くらいでいいのではないでしょうか。

ベネチアに腰を下ろせば下すほどあまりそんなに頻繁に日本に帰れなくなるのではないのかなと予想しています。

アメリカ人と結婚した日本人のお友達は、

「アメリカに慣れれば慣れるほどそんなに日本に帰りたくなくなるよ。むしろ帰るのが面倒になってきて別に帰らなくてもいい感じになるよ。」

と言ってました。

アメリカは日本食のスーパーマーケットとかあって、ハワイとかいっちゃえばもう日本に帰ったみたいな気分になれるので分かる気はしますが、ずっとベネチアって日本人にとってきついのでは?

ベネチアにも日本食を売っている小さい店があるのですが、やっぱり餃子の皮とか納豆とか売ってなくって、たまに食べたいなーって思います。

ゆずの香りとかって日本の香だなって思います。イタリアではゆずなんてどこにもないし・・・。

日頃焼きそばとかおにぎりとか作ってできるだけホームシックを避けていたのですが、2週間くらい日本にいっぺん帰りたいというのは本音。

一度健康診断や歯医者にも行ってみたいものです。(イタリアでも行けるのですが、やっぱり日本語で受けてみたい)

海外に住んでいる人ってどれくらい日本に帰らなくても平気なんだろう。

ちなみに私のおじはフランスに住んでいますが、30年くらい日本に帰ってきません。
こないだ久しぶりに電話したら日本語が変でした。

まぁこれは極端な例として。

私はこれからだいたい2年から3年くらいにいっぺん日本に帰れればいいかなと思います。

もう一人ベネチアに住んでいる日本人の方は5年日本に帰っていないって言ってました。
でももう完全に日本に合ってない感じですが・・・。日本に帰ってもすぐ帰りたくなるそうです。

海外に移住している身とはいえ、たまには祖国に帰りたくなるもの。それが人間なんではないでしょうか。もう日本になんか帰らないよっていったところでどっか無理しているのではと思います。

私はそろそろ納豆が食べたくてしょうがないです。

今年中に帰れるように持っていきたいです!









2016年3月29日火曜日

30歳になると人のいうことが全く気にならなくなる!


今日はベネチアのカルロゴルドー二シアターで「眠れる森の美女」のバレエを見に行きました。

「眠れる森の美女」といえばこっちのイメージが強いのです↓



子供のころから見ていたこのディズニー映画をずっと見ていたので、ストーリーが理解できやすくバレエも楽しめました。

やっぱりバレエを見るときは前もってストーリーをちょっと予習しておくべきですね。

そして最近ではこんな大物女優さんがリメイクしました↓



日本で友達と見に行ったんですけど、アンジョリーナジョリーの演技はやっぱり素晴らしいと思いました。DVD買いたいくらい好きです。

アンジョリーナの映画はすべらんなー。

そしてこの映画なんと娘さんと共演してたんですね。知らなかった。トリビアです↓



やっぱり有名人は自分の子供も有名にしたいのかしら。

でもいい思い出になりますね。お母さんと映画に出たなんて。

バレエの話に戻りますが、白鳥の湖やくるみ割り人形も去年見に行きましたが、けっこう今回の舞台背景、衣装はとても豪華で大変楽しめました。

今日ふと思ったんですが、バレエって踊っている人は中心にいますが、横で見てる人たちもいるんですよね。たまにダンサーが近くにくると手をさらーと回したり、この人達の給料とメインで踊るバレリーナの給料って一緒なのかなとかいらんこと考えてみてました。

明らかにメインで踊っているダンサーの方がエネルギーいるし、スキルもいるので見てるだけの人はもちろん給料は違うと思います。

チケットは64ユーロしたんですけど、たまにはこういう芸術鑑賞もいいなぁと思います。

やっぱり芸術に触れると文化や歴史についても知りたくなるし、日々の生活の刺激になるので、ちょっとふんぱつしてでも触れて行こうと思います。

映画館に行ったり、美術館に行ったり、シアターでバレエを見に行ったりすることって大事ですよね。こういった芸術への興味があるからわくわくしたり、もっとがんばろうとか思えるので私はとても価値があるものだと思っています。



さて、なぜ題名が30歳になると人のいうことが気にならなくなる!というと・・・
最近20代の時の自分と30代の自分ってちゃうなーと感じることが多いからです。

上の写真からも分かるように、あんまり他人に何をいわれようが気にならなくなりました。

だって、他人は好き放題いいますから。

そしてあんたに私の何が分かるの?と言いたいです。

別にあんたが私の葬式に来るわけでもないやん。と開き直ってきたのです。

でも20代の頃はなぜかすごい他人の意見を気にしていて、他人の意見に左右されたりしてました。
でもこれも青いなと。

30代はこれではあかんのですよね。

この強さが20代の頃にあったらちょっとは違うかったかな・・・と思います。

でも20代の頃に他人の意見に振り回されるあの頃があったから今の私があるのかなと思ったりもします。

だって、人とは価値観も違えば、人生経験も違うわけで、30代ともなればまったくかかわらなくなる人たちもいるわけですよね。しゃべる言葉も変わってくれば、やっぱり自分の決めたことを他人にどう思われようが私は私っていうあくがでてくるのが30ではないでしょうか。

30代ってやっぱり全然違う。

こないだ誕生日を迎えて31歳になったので、このネタでちょっと書きたかったのです。

あといらん力抜けました。

20代の頃は日曜日にジョギングとかして・・・あのエネルギーはどこにいたんだろう。

パワーは断然ダウンしてますが、メンタル的に強くなったかも。

あと周りが結婚とか出産とかしていく時期なんで、みんなにとってもターニングポイントではないかと思います。子供できたらきっと価値観も変わっていくし、ブランド物ばっかり買ってた子が子供のおむつとかベッドとか買ったりするんでしょうね。

と思えばあの20代も青春か・・・。

ほんま若いって宝やなー。












2016年3月5日土曜日

私の運命を変えた社長との出会い






今回は私がどのようにしてイタリアで生活できるようになり、

どのようにして仕事を探して、ビザをとってもらったかということを少しお話ししたいと思います。

これら全て可能にしてくれたのがhostelsclub.comの社長でした。

アンドレア社長に出会ったことで私の人生は一変しました。

私はイタリアで住みたいイタリアで住みたいってずっと思いながら日本で生活していた時、たまたまスカイプでアンドレア社長を紹介してくれるイタリア人と友達になるのです。

そして私は

「仕事を紹介してあげるよ。」

という一言を信じてベネチアへ飛び立ちました。

それがhostelsclub.comとの出会い=アンドレア社長との出会いでした。

アンドレア社長は日本からわざわざ来たということでベネチアの真ん中にある社宅を無料で貸してくれたのです。

これはでかかったですね。

家賃はイタリアでも払うとやっぱり苦しくなるので、家賃代を気にせずに生活をできたのは大変経済的に助かりました。

そしてhostelsclub.comの英語のページを日本語へ翻訳する仕事も彼がくれたのです。

東京の旅博に出させてもらったり、パリに出張も行かしてくれたり、どんどん仕事のチャンスをくれる人でした。

下っ端なのに私を信じてパリにまで!

自分の最大限の才能を生かせるステージをアンドレア社長はプレゼントしてくれました。

私のイタリアでの生みの親はそういう意味でアンドレア社長なのです。

しんどい体験もしましたが、長い目で見るとプラスになる経験をたくさん積みました。

これからはアンドレア社長に少しずつ恩返ししていければと思います。


縁があってベネチアに引き寄せられ、縁が続きましてまだベネチアにいます。

そして絆というコントラクトで結ばれているアンドレア社長とは一生友達でいたいと思います。

ホステルスクラブで予約してベネチアで無料で泊まろう!

2016年3月4日金曜日

10日で帰るからといって日本を出た後、1年3か月帰ってない私。




そういえば日本に1年3か月帰ってない。

別に家出したとかじゃないんですよ(笑)

お母さんに「10日くらいで帰ってくるし。イタリアちょっと行ってきまーす。」

っていって帰らなさ過ぎてお母さんがイタリアに私に会いに来たっていう展開なんて誰が想像したでしょうか。


まさか私も1年帰らなくなるとは・・・といってもちょくちょく帰ってたらお金かかるんです。

帰らなかった理由はこっちでの生活を軌道に乗せるまで帰りたくなかったからが正解かもしれません。

ビザの手続きとか更新とかでちょくちょく帰ってるといつ更新できてるか、いつ呼び出されるかもわからんので、普通の人はイタリアにしばらくおとなしくいます。

ビザの更新をしなきゃいけなくて、直接どれくらいかかるのかイタリアにいって調べてこよーみたいなのりで戻ってきて、いついちゃったって感じかな。

帰らないと帰らないで楽です。日本ってやっぱり遠いからね。

飛行機代も高いし、目的がちゃんとしっかりしてないと今回は帰りたくないですね。

「なんとなく日本に帰ってきた・・・。」

「何しに来たん?」

って言われそうだし。

それくらい日本に基盤を置いてないって感じかな。2週間くらいはお客さんでいられるけど、それ以上いたら

「なにしてるん?」っていわれそう。

今度日本にいつ帰るんだろう。2年くらいたったら一度帰りましょうかね。歯医者とか皮膚科とかもチェックしておきたいし。

日本に帰るタイミングが分からない・・・なんて人生で初めてだよ。

昔は留学中の冬休みとか、仕事の出張のついでにとかいろいろ分かりやすいタイミングがあったのに、今は特にない!

ウナギ丼とか、きつねうどんとか食べたいな・・・(笑)



あ、4月に長女の姉がベネチアに遊びに来てくれるらしい。

やったー!

今回は逆に家族が会いに来てくれるので寂しくないな。うれしいです。

家族全員ベネチア制覇!

なにしよーかな。きょうこちゃんと。

Palazzo Ducale連れて行ってあげて、ブラーノ島連れて行って、あのレストランで食べて、
Palazzo Mocenigoとかも連れて行ってあげたいなぁ。

サンマルコ寺院の中とか、時計塔も一緒に登りたいなぁ。

やりたいことはいっぱい。

姉妹グータン楽しみます。